関空駐車場問題と「行革」に揺れ動いた新空港

これまで、ふれてきたことは新空港計画と駐車場を大きなビジネスチャンスととらえ、経済界が取り組んできたほんの一例に過ぎないが、これらの事例を通して経済界が新空港計画に、どれほど大きな期待をかけ、対応してきたのかを知ることができる。

地元・関西財界がそれまでの推進協議会を改組して「関西新国際空港建設促進協議会」(促進協)を結成したのは七九年三月である。日向方斉関西経済連合会会長、佐伯勇大阪商工会議所会頭を代表理事に、新空港の早期着工に向け、大きなスクラムを組んだのである。

そして、地元協議に三点セット だが、新空港計画や関空駐車場の問題は空港推進派や経済界の期待、思惑通りには、なかなか動いてくれないものである。

航空審議会の第一次答申は、前述のように経済界の動きに拍車をかけることにはなったが、他方、新空港の建設に反対する動きを一段と激化させたこともまた事実である。 答申に基づく運輸省の地元説明会は、どの会場でも、「新空港建設反対」「運輸省帰れ」のシュプレヒコールの渦が巻き起こり、説明会の中断を余儀なくされるという事態が相次いだ。また地元自治体議会では建設反対決議がなされており、新空港建設と関空駐車場の地元合意をどう取りつけるかが、最大の課題であった。

とりわけ、地元協議に入るにあたっては、具体的な建設位置や建設工法などを盛り込んだ「新空港全体計画」の決定と合わせ、環境影響評価をはじめとした総合的な事前調査を行い、地元が建設の可否を判断する技術的、科学的なデータを提示することが必要とされていた。

そこで運輸省は七七年から進めてきた総合事前調査を基に、航空審議会に「関西国際空港設置計画」について再び諮問している。具体的な建設位置、建設工法、空港施設計画、駐車場計画などを内容とした答申がまとまったのは八〇年九月である。「第二次答申」と呼ばれるものがこれである。

ここで初めて関西国際空港は埋め立て工法によって建設されることが正式に決まった(関空駐車場も含む)。

そしてこの総合事前調査結果と第二次答申をもとに「空港計画案」「環境影響評価案」「地元整備の考え方」からなる、いわゆる「三点セット」が大阪、兵庫、和歌山の地元三府県に提示、公開され、八一年四月から建設に対する地元との合意形成を目指した協議に入っている。翌八二年七月にはまず大阪府が、和歌山県は同年八月に、そして「神戸沖空港」との関係で遅れていた兵庫県も八四年二月にそれぞれ合意の意向を回答している。

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